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平成十八年 弥生


■2005/03/03 金
 昼前から雪が降り始めた。形の崩れた雪の結晶が幾つも固まった、ふわふわの、決して真っ直ぐに落ちることのない大きな雪。仕事はバタバタだったのだけど、隙を見て外の喫煙所で一服していた。空を見る。白一色の空の中心から、広がるように降りてくる雪を、ぽけっと眺めていた。こうやっていると空に吸い込まれてゆくような感覚になる。背広の前ボタンを外して、両手をポケットに。そして咥えタバコで空を見上げていた。
 その時、ドアがカラカラと開いて、建物から職場の人が出てきた。自分は少し服装を正して振り返る。彼は黙ってこちらを見て、ただ立っている。そして少し間があって、彼が声をかけてくる。
 「いや、今空見上げていたの、ちょっと格好よかったわ」
 と。ドアを開ける前から自分の様子をずっと見ていたらしい。自分はちょっと考えて、それから再び空を見上げて、落ちてきた一片の雪を、大口を開けて「ぱくっ」とやる。そして「うまいっすよ」と笑う。「うわー格好わるー」と、彼も笑う。互いの頭と肩に雪が舞い降りてくる。


■2005/03/05 日
 洗濯ついでに靴を洗って干して、車のCDプレイヤーの調子がいまいちだったのでクリーニングをして、そのついでにカーオーディオの調整を色々とやっていたら昼。それから古本屋に行って、250円のCDを2枚買う。それをクリーニングしたてのプレイヤーにセットしながら、どうせこのまま帰ってもCD1枚分の時間もかからんし、と、行き先を変えて箱根ドライブ。途中「星の王子様ミュージアム」という看板を見つけてそちらに向う。そんなのがあるとは知らなかった。ほどなく発見。ちょっと覗いてゆく。つもりで展示室の写真パネル何かを一枚一枚しっかり見て歩いたので、結構長居してしまう。
 ちょうど今、CDを買ったのと同じ古本屋で以前に買った、同作者の「人間の大地」が読みかけだったのだ。こういう偶然もある。

 売店で、物語に出てきたキツネと星が付いた携帯ストラップを買う。自分の携帯にストラップを買ったのははじめてだ。


■2006/03/11 土
 北海道で仕事だったのだがあまりにもバタバタで、仕事で行くもんじゃないなぁ、とつくづく思った。でも、2回目(2往復目)の飛行機は空から北海道を見られたので、それだけは良かった。
 そうそう。北海道のお土産にはカルビーの「じゃがポックル」をお勧めします。


■2006/03/12 日
 買い物へ行ったら菜の花が束になって売られていた。菜の花、といっても花束ではなく、見た目は菜っ葉で、所々少し黄味を帯びた蕾が集まった部分が小さいブロッコリーのようになっている、食用のもの。食用として売られているのはあまり見た事がなかったので、珍しさもあってつい買ってきてしまった。

 さて、どうしよう。買ってきたのはひと束といっても、20本くらい束ねられているので結構な量。山菜のようなイメージだったが、カリッとかじると苦味もなくて本当に野菜という感じ。これなら炒めてもいけそうだけど、とりあえず茹でて量を減らして、残ったら冷凍しておくか、と思い、さっと茹でる。このまま小皿に盛って鰹節でも振って醤油をかければそれだけでも美味しくいただけそうな茹であがり。一握りくらい残して、あとは容器に入れて冷凍する。
 そんなことをしているうちにご飯が炊けた。そこでふと思いつく。菜の花+ご飯=菜の花ご飯。茹でた菜の花を細かく切って、このままだとベタベタなので、胡麻油を引いたフライパンで炒める。冷蔵庫に少し残っていたシラス干しを加える。ついでにすり胡麻も入れて炒める。炒めたものを炊き立てのご飯に混ぜる。完成。ちょっと味見。塩を入れなかったので味がない。でも、塩かぁ…と思ってちょっと考えて、台所の引き出しから「わさび茶漬けの素」を取り出し、それをザッと入れて混ぜる。わさび茶漬けなので目がツンとするけれど、ひたすらよく混ぜる。そして完成。
 何かこういう味のおにぎりがあったなぁ、と思いつつ、少し春らしい夕食。


■2006/03/13 月
 結局、世の中は繋がっている。可笑しいくらいに繋がっている。
 人を憎むことは自分を憎むことで、人を許すことは自分を許すこと。
 かつての人の闘いが今の自分の闘いになっていたり。その自分の闘いの解決が、かつての人の闘いの解決になっていたりする。何よりも、人を傷つけることは自分を傷つけることで、その逆もそう。

 まだまだ許せないことは多い。それは相手が許せないのだと思っていた。けれど、許せないのは自分なのだ。許せない自分自身を自分は許せないのだ。何かこうして書くと言葉遊びをしているみたいで本当は言葉にしたくないのだけど、それが実感


■2006/03/17 金
 今日は暖かい、という人と、寒い、という人に二分された日。
 晴れてはいるけれど、風が強い。広い範囲で同じような感じらしく、あちこちで強風のために電車が運転を見合わせている、と、ニュースでやっていた。
 その強風のため、富士山の山頂付近が面白い景色になっていた。強風に雪が吹き飛ばされて、まるで噴煙のように、いや、山頂付近の山肌から雲が湧き出しているかのように、雪の帯が左の方にずっと伸びている。

 風に舞った雪は、どこに舞い降りているのだろう。
 風花の舞う風下の街を、ふと想う。

 桜の芽が緑色を帯びはじめてきた。


■2006/03/18 土
 北海道からメール。自分の後を追いかけて海峡を渡りたい、と言っていた後輩の行き先が道東になったという。元々自分の後任を希望していたのだが、その年の転属がなくて他の人がきてしまい、希望を変更していた。今年から長距離の異動は厳しくなったらしい。ということは、自分はギリギリでセーフだったのか…。というか、じゃ来たっきりになる、ということか?

 まぁいいか。
 もう大体1年経ったけれど、今後どの方角に向うかはまだ決めていない。


■2006/03/19 日
 ふと窓の外を見ると、何かがたくさん風に流されている。綿毛だろうか。よく見るとそれはシャボン玉だった。わーい、と思ってベランダに出る。けれど、ふと気付くとシャボン玉は自分の上の階の離れた所から流れてきている。独身や単身ぱかりが住んでいるワンルームの建物なので、子供が住んでいるわけではない。一体誰なんだろう。

 という自分も、前の部屋の時に3階のベランダからシャボン玉をやったことがある。タバコの煙を入れたシャボン玉が空中で弾けた瞬間なんかは好きだ。ひょっとしたら、仲間がいるのかも知れない。


■2006/03/24 土
 残業を終えて帰り道。夕方降っていた雨は雪に変わっていた。折り畳み傘しか持っていなかったので、雨よりは雪の方がいい。傘は鞄から出さずに、上着のフードを被って歩く。最後の雪かも知れない。ふと、そんなことを思う。


■2006/03/27 月
 平地ではもう咲き始めた桜。でも、標高があるここでは、まだ咲き始めまでしばらく間がある。けれど、蕾は大分膨らんできた。桜は春に一斉に花開く力を、一体何時頃に蓄えるのだろう。そんな事を前に書いたことがある。毎日の通い道、桜を見続けてその疑問も今では解けている。冬までに勝負はついているのだ。春の陽気は桜にとって、花を咲かせるタイミングを知らせてくれるもの。それともか、花を咲かせるための、ほんのちょっとの一押しなのかも知れない。

 今年初めてウグイスが鳴いていた。まぁ鳴き始めだからしょうがないのだろうけど、ホーホケキョとは聞こえない下手くそなウグイスだった。これならまだ自分の方が上手い。


■2006/03/28 火
 今異動シーズン最後の送別会。参加範囲を職場全体に広げたものなので、すでに何度か行われた班課単位のものに比べると、知らない顔ぶれが多い宴会になる。顔は見るのだけど話をしたことがない、という間柄も多く、何と言うか交流会のような感じの飲み会になる。殆どが地元以外からの転入者なのだけど、これだけ集まると、誰と誰は実は高校が同じだった、だとか思わぬ縁が突然判明することがあったりして面白い。なので、宴会苦手な自分にしては珍しく、その場に3時間半もいた。
 こういう縁、について言うと、自分は世間なんて狭いものだと思う。就職して最初の職場には同期が2人いた。それぞれ出身はばらばらだった。でも、その内のひとりは自分の従兄弟と同じ学校でサッカーの部員同士、もうひとりは、その時にはもう亡くなってしまっていた学生時代の友人の弟の同級生だった。
 今回初めて話した人の中にもそういう縁があった。ひとりは同じく札幌からこちらにきており、先に書いた従兄弟と同じ学校だった同期の知り合い。世間は本当に狭い。というより、人の縁の凄さか。人の縁というのはものすごく複雑に絡み合っていて、どことどこがどう繋がっているのか、判ったもんじゃない。

 顔は知っているのだけど初めて会話した、そんな中のひとり。今月末には転属してしまうある人なのだけど、色々と楽しく話ができて、その話の中で「声がいい」と言われた。声を誉められるのはものすごくひさしぶり。


■2006/03/29 水
 職場の喫煙所で一服しながらぼけっと雲を見上げていたり、ツバメの巣を眺めていたり、自分の部屋のベランダで夜に星や月を見ていたり。誰もいない時にそうしているつもりで、意外とそういう姿は人に見られているんだと昨日の宴会で気付かされた。そういう姿が、人にどんな印象を与えているのかは判らない。でも、別にサボっているわけでは。

 そういえば昨日の成果。ちょうど全国各地の人が集まっていたので、「手袋をはく、か、はめる、か」の違いを色々な人に訊いてみた。北海道はもちろん「はく」。山形、新潟も「はく」。飛んで東京の人は「はめる」。九州の人は「靴下ははく。じゃあ手袋は?」と訊くと、「えっ?」か「…は、はめる?」というのが、今回の結果だった。


■2006/03/30 木
 来月の転入者名簿の中に見憶えのある名前をみつけた。自分が札幌の職場に転勤した時に、同時に新規で採用された後輩だ。ただし、彼はその後1年で別の場所に転勤している。その後も何度か顔は見ているのだけど、どちらにしろ自分がここにいるのは知らないだろうから、来月の再会の折はちと驚かしてやろう。


■2006/03/31 金
 午前中は殆ど見送りの行事。その後で転勤してゆく人たちが代わる代わる事務所に挨拶にくる。前の宴会で「声がいい」と言われた人に、階段の途中で会う。挨拶帰りだ。踊り場で少し立ち話をする。その後も機会があって何度か話をしていたのだけど、この3日だけの話。その間でも笑いながら話せているのだから、もっと話す時間があれば、きっと仲良くなれただろうな、と思う。

 もっと早く知り合っていたらよかったのに
 階段の踊り場での会話の最後に、そんな台詞をもらった。
 

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